2022-07-25 更新
渋谷哲也氏(日本大学文理学部教授/ドイツ映画研究)
“映画『アウシュヴィッツのチャンピオン』の公開を記念して日本大学文理学部教授でドイツ映画研究者である渋谷哲也氏を招いたトークショーが開催された。アウシュヴィッツを生き抜いたボクサーを描いたナチス映画の系譜や、収容所内で許可された娯楽についてなど、たっぷり解説した。
本作は、アウシュヴィッツ強制収容所で司令官や看守らの娯楽として消費される葛藤を抱えながらも、生き延びることを諦めずにリングに立ち続けた一人のボクサーの実話を基にしたヒューマン・ドラマ。モデルとなった実在のボクサー、タデウシュ・“テディ”・ピエトシコフスキは、看守やカポ(囚人の中の統率者)を相手に数十戦の勝利を収め、囚人仲間にとってナチスの恐怖を打ち破り生き残るための希望の象徴だった。元囚人たちの証言や、本人の記憶をもとに、彼が歩んできた歴史を見事に映像化した。
上映終了後、鑑賞を終えたばかりの観客の盛大な拍手に迎えられ、渋谷哲也氏が登場し、トークショーがスタート。
まずは、本作の舞台になったアウシュヴィッツ収容所でガス室が設けられるまでの経緯や、主人公のテディがユダヤ人としてではなく、ポーランド人の政治犯として捕らえられたことなどの背景を解き明かした。
本作の中でナチスを必ずしも極悪人として描写しない点やユダヤ人の存在を強調していない点をあげ、現在のポーランドの情勢を交えて述べた。現在のポーランドでは右傾化が進んでいることから、ナチス・ドイツに協力したポーランド人がいたことについて言及することが禁止されていることに触れ、その反面ナチスの過剰な悪魔化が避けられているとして「残酷ではあるけれど、どこか人間味がある。新たな見せ方をするホロコースト映画だ」と、従来のナチス映画と一線を画した作品だと評価した。
また、本作のモデルとなったテディの他にも、強制収容所を生き抜いたボクサーは少なからずいたことを明かし、「収容所の娯楽は、サッカーに続いてボクシングが人気だったが、“囚人へのいじめ”もスポーツとして実践されていた」など収容所内での娯楽についても詳しく解説。
「子どもでも老人でも容赦なく、意味もなく殺される強制収容所内の様々な理不尽な出来事をコンパクトかつ、大衆映画に落とし込んでいる良くできた映画だ」として何度観ても発見のある映画だと述べた。
最後に本作について、これまでたくさん扱われてきたナチス・ドイツを近代的なポーランドの規制の中で描き、ラスト・シーンではスポーツにおけるジェンダーの平等についても踏み込んでおり、21世紀の観点も投影した新しいホロコースト映画だ」と本作の魅力を熱く語り、大盛況の中トークは幕を下ろした。本作の背景から、近代ポーランドの情勢まで充実した内容のトークショーに参加した観客らは、度々頷きながら聞き入っている様子だった。
(オフィシャル素材提供)
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